書評:舟木直久『確率論』(朝倉書店)

Pocket
LINEで送る

書誌情報

タイトル:確率論
著者:舟木直久
出版社:朝倉書店
朝倉書店| 確率論

本の内容

測度論的確率論の入門書です. 予備知識としては測度論の基本的な部分は必要ですが確率論については全く予備知識を必要としません. 章立ては以下のようになっています.

1. 確率論を学ぶにあたって
2. 確率論の基礎概念
3. 条件つき確率と独立性
4. 大数の法則
5. 中心極限定理と少数の法則
6. マルチンゲール
7. マルコフ過程


1章は「確率論を学ぶにあたって」という名の通り, 確率論がどのような分野かを紹介しています. 特徴としては「何故確率論を測度論で定式化するか」, より詳しくは「何故可算個の集合の和をとる操作で閉じた体系が欲しいのか」を強調して書いてあり, 天下り的に確率空間を定義するのではなく, その様な定式化に至る歴史的経緯を説明しています. この説明を読むと「有限加法性を考えるだけでは捉えきれない現象を捉えるための自然な拡張」として完全加法性が必要になることがよく分かります.

2章目からは通常の数学書のスタイルで話が進んでいきます. 2章は基礎概念の定義と基本的な性質の説明にあてられています. 確率空間, 確率変数, 分布の定義に始まり, ファトゥの補題, ルベーグの収束定理といった測度論の基本的な収束定理の復習(流石にこれらの証明は省略されています)と進み, 最後に一様可積分性についてまとめてあります. このように2章は概ね簡単な内容のみからなりますが, 一様可積分性について必要最低限の内容がコンパクトにまとまっているのが印象的です. 他の入門書で学んだ人がこの部分だけ取り出して読むというような使い方もできると思います.

3章では条件付確率と独立性を扱っています. 扱っている内容は初等的な内容のみです. ただし取り扱いには工夫が凝らされています. 独立性の定義は概ね高校で扱ってきたものの延長上にあるものなのでそれほど抵抗なく受け入れられるものだと思いますが, 条件付確率の方は定義を見るだけでは中々それを条件付確率と呼ぶ理由が分かりにくいものです. 条件付き確率は一般に確率空間とその部分σ-fieldから定まりますが, この本ではまず, 事象に対する条件付確率(高校以来の素朴な定義)から始まり, 次に確率空間の有限分割に対する条件付確率と進み, 最後に一般的な部分σ-fieldに対する条件付確率というように進んでいきます. このように条件付確率の定式化が自然に見えるように予備的な説明に時間をかけており初学者に対する学習コストを軽減しようという意図が感じられます.

4章のタイトルは「大数の法則」です. 名前の通り大数の法則のみに1つの章を割いています. ページ数も10ページほどで少ないです. 内容は大きく2つで, 1つは独立確率変数列に対する大数の強法則, もう1つは独立同分布確率変数列に対する大数の強法則です. もちろん弱法則も扱っていますが簡単なのですぐに終わります. 扱いは標準的ですが, 独立同分布確率変数列に対する大数の強法則を期待値有限のみの仮定で証明してあるのは案外珍しいかもしれません.

5章は「中心極限定理と少数の法則」とありますが, 内容の大部分は確率測度の弱収束や特性関数の基本的な性質の整理にあてられています. 内容は標準的です. ボホナーの定理を扱っているのは少し珍しいかもしれません.

6章は「マルチンゲール」です. 離散時間の場合を扱っています. 連続時間の場合は離散時間の極限として得られるので結果のみが書いてあります. 内容は標準的で, 入門レベルで学ぶべきことはすべて書いてあります.

最後の章である7章は「マルコフ過程」となっています. 前半でマルコフ連鎖の一般的な内容を紹介し, 後半ではランダムウォークを扱っています. ここで扱っているのは離散時間のマルコフ連鎖のみです. 一般にはより広い枠組みでマルコフ過程を扱うことができますし, 必要にもなりますが, 離散時間のマルコフ連鎖は少ない準備で確率過程の典型的な話が出来, 議論も簡単という利点があるため入門書であることを考えると適切な選択だと思います. 内容は基礎的な内容のみで扱いも標準的です. 最終到達点は有限状態空間におけるマルコフ連鎖のエルゴード定理です. ランダムウォークに関しても基礎的な内容のみが記されています. 再帰性の判定条件や整数格子上のランダムウォークの再帰性・非再帰性など. この章全体に対して言えるのはマルコフ過程にせよランダムウォークにせよこれだけの内容では基礎としても不十分ということです. つまりこの章は分野の紹介にあてられていると捉えるのが良いです.

総評

この本の大きな特徴は記述の丁寧さです. 初学者にはとっつきにくい概念の導入に多くの説明が付され, 証明はほとんど飛躍なく書かれています. 内容の割にはページ数が多いですが, これは説明の丁寧さによるものなので読むのに苦労することは無いでしょう. 他の特徴としては基礎中の基礎のみに内容を絞り, その分基礎事項を漏れなく解説していることが挙げられます. 確率論は今や広大な分野があり, 入門書といってもトピックの選択は様々なものがあり得ます. その中でこの本のトピックの選択は保守的なものです. 古典的ですが確率論のどの分野に進むとしても必須の知識のみが書いてあります.

この本が有益となる読者は「確率論に(漠然とではあっても)関心を持っており, ちゃんと学び始めたいと考えている人」だと思います. 何故「確率論に(漠然とではあっても)関心を持っており」と前置きしたかと言うと, 確率論について全く知らない人にはあまり勧められないからです. 何故ならこの本は殆どの部分が一般論にあてられており, (個人の感覚に依存するとは思いますが) それほど面白くはありません. 綺麗に内容がまとまっているだけにむしろ, この本を読んだ後にどこへ進むべきかの指針も立てにくいです. また確率論の一般論はかなり完成されており今は具体的なトピックに目を向ける時代だと思います. 具体的な問題は山ほどあります. そのため具体的なトピックを念頭に置かず一般論を学ぶのはあまりお勧めできません. ただ進みたい方向が曖昧にでも定まっている人にとってはかなりお勧めです. 具体的なトピックに関するテキスト若しくは論文を読もうとすると大抵の場合はこの本のレベルの事は前提とされます. その都度適当なテキストを見て対処するというのも不可能ではありませんがこの程度の知識は事前にまとめて仕入れておいた方が楽だと思います. そのような目的で何か1冊読もうというときに, この本は適しているでしょう.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください