書評:草場公邦『線型代数』(朝倉書店)

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書誌情報

タイトル:線型代数
著者:草場公邦
出版社:朝倉書店
朝倉書店| 線型代数 (増補版)

本の内容

線型代数の入門書です. 全170ページ程度と他の入門書と比べて薄めですが内容はしっかり詰まってます. 章立ては以下のようになっています.

1. 行列式の話
2. 線型空間の話
3. 線型写像と行列
4. 線型写像とその行列の標準形
5. 計量空間とユニタリー行列
6. 付 録
7. 文献案内
8. 編集者短評
9. 問題解答
10. 索 引

目次の項目は10項目ありますが本編は5章までです.


1章は「行列式の話」です. 天下り的に行列, 行列の和, 積, スカラー倍を定義するところから始まります. 続いて行列式の導入に進むのですが, ここからは打って変わって定義の動機付けの説明が非常に詳しくなります. 具体的には, 2元1次の連立方程式の一般的な解法を考察することから2×2行列に対する行列式へと到達し, その後2×2の場合の性質を詳しく調べ, そこからの類推で一般の場合の行列式を定義しするといった感じです. 続いてクラメルの定理, 余因子行列へと話は進みます.
また補足的に余因子行列を用いない逆行列の求め方として基本変形を用いた方法も解説されます.
このように1章では行列そのものよりも行列式を中心に話が進みます. またこれはこの本全体を通しての特徴ですが, よくある数学書のスタイルである定義・命題・証明の連続ではなく, 地の文での説明が主で,  必要に応じて説明した内容を定義・命題などの形でまとめるというスタイルになっています.

2章は「線型空間の話」です. この章では抽象的なベクトル空間が導入されるのですが, いきなり定義が述べられるのではなく, 予備的な説明が非常に丁寧に行われます. 高校以来の矢印としてのベクトルから出発点し, 何故ベクトルを足したりスカラー倍ができるものとして考えるのが有益なのかが4,5ページかけて説明されます.
続いて部分空間, 次元, 基底, 行列のランクなどと話が進んでいくのですが, いずれの場合も前後で感覚的な説明が付されていたり, 2次元, 3次元の簡単な場合を詳しく説明したりと概念に対する直観が得られるように工夫が凝らされています.

3章は「線型写像と行列」です. この章で線形変換が導入され, その行列表示について詳しく説明がなされます, 線形変換とその表現行列の区別は線型代数の大きな山の一つですが, この本では図式を用いて, 基底をとったときのベクトル空間とn次元ユークリッド空間の同型を表すことでこの区別を明確にし, また基底を変えた時の表現行列の変化なども非常に捉えやすくなっています.

4章は「線型写像とその行列の標準形」です. 対角化やジョルダン標準形について述べられます. ジョルダン標準形の導出はこの本では不変部分空間の概念を導入し, ベクトル空間を広義固有空間の直和へと分解し, 冪零変換の標準形を求める問題へと帰着するというアプローチです. 各ステップが明確に書いてあるので何をしているのかわからなくなることはないでしょう. 一般論を一通り整理した後, 2,3の具体例についてジョルダン標準形の求め方が詳説されます.

最後の5章は「計量空間とユニタリー行列」です. この章で初めて内積が導入され, ユニタリ行列, 直交行列, エルミート行列, 対称行列が定義されます. 扱われるのは正規変換のスペクトル分解や正値エルミート行列の平方根, 行列の極分解などです. 2次形式やシルベスターの慣性法則は扱っていません.

総評

この本の大きな特徴は補助的な説明が豊富である点と, 内容がコンパクトにまとまっている点です. 新しい概念の導入の際には何故そのような概念が必要になるのかの説明や, 既に見知った概念の延長上にあることの説明がほぼ必ず添えられています. このような配慮がしてある本自体は少なくありませんが, この本の説明の量は類書と比べて頭抜けています. これは大きな長所です. また証明も奇抜なものや迂遠なものは無く, スタンダードな議論ばかりです.

ただ1点気になる点は, 扱っている内容の少なさです. 行列の基本変形, 対角化, ジョルダン標準形, スペクトル分解といった必須事項は網羅されているのですが, 2次形式や行列の指数関数といった他の入門書では扱われることも少なくない内容が扱われていません. これはミニマムな内容のみがまとまっているという見方もできるため必ずしも短所とはいえませんが, 欲を言えば付録などで記述があると嬉しい所です.

この本は線型代数を初めて学ぶ人や, 他の入門書を読んだけれどもあまり理解できた感じがしない人にはうってつけの本だと思います. この分量で線型代数の基礎を網羅し, かつこのレベルの丁寧な説明を実現している本は滅多にありません. お勧めの一冊です. ただ上で記したように基礎として最小限の内容しか書かれていないので, 必要に応じて斎藤正彦『線型代数入門』(東京大学出版会)や佐竹一郎『線型代数学』(裳華房)などを部分的に読んで進んだ内容を補充すると良いと思います. この本の内容が理解できていれば他の入門書を部分的に読むのは容易なはずです.

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